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阿久氏 森田昌子を見た瞬間に「あの子だ!あの子を合格させろ!」

桜田淳子だけじゃなかったのか!

桜田淳子の一ファンとして、森田昌子(森昌子)さんの意外なデビュー秘話だと思ったので、少し前に下書きしていた記事です。

ブログ 「森昌子ちゃんと、ちいチョロ歌の散歩道」から
「森昌子のあったかライフ」(※MBSラジオで放送中)2009・8・2放送分 の記事から森昌子さんのデビュー当時の事情を森昌子さんが語った部分を引用させてもらいます。

森昌子さん「スター誕生!」初代グランドチャンピオン決定の瞬間
いや、スカウトマンがプラカードを揚げる直前の映像かもしれない。
当時中学一年生の昌子ちゃん。凛々しくて、なかなか美人じゃないですか
森昌子スタ誕1stGChamp01

下 泣いちゃった昌子ちゃん
これで「スカウトマンがプラカードを揚げてくれようがくれまいが、どうでもよかった」(森昌子さんの自叙伝「明日へ」幻冬舎 刊より)と思っていたなんて信じられませんよね~
森昌子スタ誕1stGChamp02


以下 引用
「きのう8月1日は、12歳のどこにでもいるような女の子だった私、森昌子を歌手の世界に導いて下さり、そして大切なデビュー曲「せんせい」を書いて戴いた作詞家 阿久悠先生の3回忌でした。」
「きょうは阿久悠先生との思い出のお話です。」

(これは昌子さんがデビューした後に聞いた話だそうです)
「テレビ番組「スター誕生」のオーディションの時、何百人と来ていた中からから阿久先生は「あの子にしろ。あの子を合格させろ。」と昌子ちゃんを見た瞬間そうおしゃったんだそうです。」

(パートナー)昌子さんがデビューしたあとも自分の娘のように気にしてくれていた。
       阿久先生に最後にお会いになたのはいつだったんでしょう?

(まさこ)私が再デビューしてそうですね・・3ヶ月後でしたね。
     先生の会社にご挨拶に行ったんですけど先生は、
     当時、静岡県の伊東にお家があったんですが、
     わざわざ私に会うためだけに出て来て下さって。

     「おお、久ぶりだなあ。。。う~ん元気そうだな昌子。。。
     うんやっぱりここなんだ
     お前が戻って来るところは。」とおっしゃって下さって・・・

     (昌子さんここから涙声です) 先生のお顔がすごく小さく見えて・・・・
     あの怖そうなお顔が穏やかで優しくて・・・
     もっと早くお会いしたかったなって・・・

     その時に「昌子、俺の言うこと1つ約束してくれるか。昌子お前なあ
     もう上手く唄おうと思うな。歌の上手い森昌子はもう誰も期待してないぞ。」
     
     「これからはお前の本当の心にあるものを唄え。
     俺がお前の歌書くからな、次は。」
     とおっしゃって下さって。そうですね時間にして15分か20分くらいですかね。
     それが最後になってしまって・・・約束出来なかったですね。。。。

引用はここまで

この阿久さんが森田昌子(のちの森昌子)さんと初めて会ったときの話は、阿久さんの著作にも書かれておらず、初耳だ。

私は 「森昌子のあったかライフ」を直接聞けないので、森昌子さんが、実際にどのように喋ったのか分りません。でも、これは先のブログの管理人さんが「書き起こし」た文なので、おそらくこのとおりなのでしょう。
森昌子さんの出た予選会には阿久さんは来ていないと思っていたので意外でした。

この話は私以外の桜田淳子ファンの方にも意外な感じがあるのではないでしょうか。
淳子ちゃんがスター誕生の秋田予選会に出た時の阿久さんの話は、淳子ファンの間では有名ですよね。「音痴じゃなければ良いけどな・・・」とルックスだけでほぼ合格を決めていたという話。阿久悠さんの著書「夢を食った男たち」にも書かれていますから。

私は阿久さんが「一目見ただけで合格を決めてしまった」のは桜田淳子さんだけだと思っていました。でも、森昌子さんの場合もそうだったんですね。阿久さんの伯楽ぶりは大したものだなぁと改めて感心した次第です。それに森昌子さんの歌手としての天分も凄いということでしょうね。

「涙の連絡線」を歌い、初代グランドチャンピオンになるまでを、
当時の音声と静止画で構成しています。貴重ですね。作ってくれた人に感謝!




スター誕生!という番組の謎
(どこの業界でも同じなのだが)芸能界は一般人からはその実情は見えにくい。
スター誕生!という番組も、もう20年以上前に終わってしまった番組で、今からその実態を調べようとしても簡単にはわからない。
「スター誕生!」は、スターを売り出していく過程を表で見せよう(従来はその過程が見えなかった)というのが、番組の一つのコンセプトであったそうなのだが、そうは言っても「スター誕生!」という番組自体にも裏事情があるようだ。どのような審査基準でスターを選び、売り出していったのか、その実態がよくわからない番組なのだ(と私は感じている)。その裏事情を知ろうとして、古い文献などに手を出してしまうと、その文献自体の信憑性も怪しいもので、何を信じたらいいのか分からなくなってしまう。


ところで阿久悠さんの言葉は、時々その本意がよく分からないところがある。著書「夢を食った男たち」で、山口百恵さんの素晴らしさを倉本聰氏との対談で熱く語っていた時に、スター誕生での審査の時に、百恵さんのことを「脇において光る人」というような表現で彼女を評したことを指摘されて、「そんなひどい事を言ったかな・・・それは自分としては賛辞つもりだったのだが・・・」というようなことが書かれていたと思う。

こちらのほうは、ちょっと私の記憶が定かでない。
「夢を食った男たち」、実は手元にありません。お小遣いが足りなくて本屋さんで必要な所を立ち読みしてるんです(汗・・・)。


森昌子さんの最近の活動は・・・
森昌子さんの公式ホームページによると、
森昌子ふるさとコンサート~春夏秋冬ここのろのうた~
と題して「童謡・唱歌と呼ばれる名曲たち」を歌う「ふるさとコンサート」を各地で行っていくらしい。この企画はなかなか良いと思います。森昌子さんの今の年齢、声にぴったりの企画。童謡、唱歌は詞が美しく、子供の時に聴くよりも大人になってから聴いたほうが心に響くものがあると感じています。それを昌子ちゃんの声で歌ってもらえれば・・・。

彼女の美しい声は他に代わる人が居ないくらいだもんなあ。きっと感動のコンサートになるでしょうね。期待しています! できればコンサートを生録音して、その一部をラジオなんかで流してくれるとありがたいんだけど・・・。


★「森昌子のあったかライフ」へのお便りの宛先は下記のとおり
〒530-8304 MBSラジオ 「森昌子のあったかライフ」係
「森昌子のあったかライフ」 の放送時間など
MBSラジオ 1179KHZ 毎週 日曜 朝 8時40分~8時55分


サイト内 関連情報 「森昌子」で検索
http://hanakaikou.blog68.fc2.com/?q=%BF%B9%BE%BB%BB%D2
※キーワードが適当でない時は画面右上の「サイト内検索」をご利用下さい。

外部関連リンク
「森昌子ちゃんと、ちいチョロ歌の散歩道」
http://blogs.yahoo.co.jp/chorohaseme/MYBLOG/yblog.html

森昌子公式ホームページ
http://morimasako.jp/

森昌子ファンサイト「思い出そして未来へ」
http://reidiary.hp.infoseek.co.jp/

「ひぐらしの鳴くとき」
http://www.sunfield.ne.jp/~iwashaki/index.html

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テーマ : 懐かしい歌謡曲
ジャンル : 音楽

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スター誕生

こんにちわ
スタ誕のことは想い出がありすぎて・・・実は私も応募したので・・
自分のブログ以外にもたくさん記帳した記憶あります

TVで初めて観た時が、森田昌子さんが森昌子という名前でのデビューコーナーでした
欽ちゃんから「歌う前に挨拶しましょうか」と言われてもステージで何も言えずの森昌子さん、この子、芸能界でやっていけんの??と思った記憶あります
桜田淳子さんは昌子さんがいなければ応募しなかったと思うし、百恵さんは淳子さんがいなければ受からなかったと思う

貴重な情報です!

ええ~? スタ誕に応募したんですか? それは凄い!
森昌子さんのデビュー当時はそんなふうだったんですか。知りませんでした。ということは、森昌子さんの自著「明日へ」には、森昌子さんがスタ誕に出場したのは「自分の意思ではない、叔母さんに騙されて連れて来られた」と書かれているんですが、やっぱり本当だったんでしょうね。「明日へ」には、昌子ちゃんの中学の同級生も、昌子ちゃんがデビューしたことを知らなくて、夏休みになって「せんせい」が大ヒットしてTVへの出演が増えてきてから「バレてしまって」なんて書いてあるんですよ。
私はこの部分、本当かなあ?と疑問に思ったりしていたんですが、SHIGEさんのコメントで、やはり「明日へ」に書かれている話は本当なんだ、と信じられるようになりました。
昌子→淳子→百恵の三人の出会いは運命みたいなものだったのかもしれませんね。

マコは美少女

森昌子は美少女でした。デビュー前ハワイで、ハネムーン中の藤圭子・前川清夫妻とともに写った写真を昔見たのですが、とってもかわいいです。スタ誕第1号歌手としてデビューした後も、せんせい・同級生・中学三年生と年相応の青春ソングを歌っていました。タワシ頭と言われていましたが、ルックスまずまず、足の太さはアグネスと同じくらい(ミニが履けるレベル)、歌唱力ピカイチ。アイドルとして成功しそうでした。しかし、中学三年生をリリースして、約3週間、超絶美少女がデビュー「桜田淳子」です。以降ホリプロは路線を変え昌子は演歌へ、対淳子兵器として、よく似ていると言われた(美少女レベルが淳子に近い)百恵を投入も「としごろ」はヒットせず、真っ向勝負を避け、非淳子路線へ(青い性路線)結果百恵は、淳子に近い美少女レベルと、衝撃度で、淳子に肩を並べ、76年以降抜き去っていくことになります。昌子は、百恵の引退、淳子の女優転向のころまで堪え忍び「悲しみ本線日本海」「越冬つばめ」で本来の力を見せつけるのです。83年「越冬ちばめ」を歌うすっかり大人になったマコを見てこんなに美人だったんだとショックを受けた覚えがあります。

森昌子=ジャネット・リン?

ぽんきちさん、私が森昌子さんをはじめて見たのはタケダ薬品のベンザのCMだったと思います。原色を使ったの鮮やかな色のワンピースを着て登場。CMの最後にドアップでニッコリ微笑んだ昌子さんを見て「あ、かわいい・・・」と思った記憶があります。
森昌子さんの存在を知ったのは雑誌の文字情報からで、その記事には「けっして美人じゃないけれど、親しみやすさで男の子にとっても人気があるんです」なんて事が書かれていました。
「けっして美人じゃないけれど」なんて失礼な書き方だと思いますが、当時は「ふ~ん、そんな子が人気なんだ~」と思って読んでいました。しかもまだ中二の14歳というのが驚きでしたね。
で、ベンザのCMを見て 「これか!この人が森昌子か!」と、ちょっとした驚きを持ってそのCMを見ました。「けっして美人じゃないけれど、なんて書いてるけど、十分かわいいよ~」って思いましたね。
昌子さんの、あのヘアスタイル。阿久悠さんの「夢を食った男たち」にはジャネット・リンをイメージして・・・と書かれていました。ここで私はヒザを打ちました。「そうそう思い出した!あれはフィギュアスケートのジャネット・リンのヘアスタイルだって当時の雑誌にも書かれてた!」 昌子ちゃんからジャネット・リンを連想するのは難しいですけどね(笑)。
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