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森昌子さんの自叙伝「明日へ」について 第二回

故郷を離れて東京へ・・・
森昌子さんの故郷は栃木県。

今も自己紹介する時には森昌子の出身地は栃木県で通している。しかし昌子ちゃんは小学校3年を修了してから、9歳のときに東京に引っ越すことになる。昌子ちゃんのお父さんが、母方の妹からの誘いで東京で働くことになったからです。

9歳の時から東京に住んでいるのですから、もう東京暮らしのほうがずっと長いわけですね。栃木と東京、 昌子ちゃんの中では本当の故郷はどちらなのでしょうか。やはり栃木ということになるのでしょうか。

私自身、日本各地を転々としてきたので、出身地を聞かれると困ってしまうことがあります。どこを故郷と答えたらいいのか分からないのです。


栃木の小学校時代には、昌子ちゃんは「歌の上手い女の子」として同級生からも一目おかれる存在になっていた。そして担任の先生が他の学校へ転任する時などには、クラスメートから昌子ちゃんに歌のリクエストがかかる。昌子ちゃんはずいぶん恥ずかしかったようだけれど、美空ひばりさんの歌などを披露していたそうだ。

ところが、故郷、栃木をはなれて東京に引っ越してきたときから昌子ちゃんの生活は暗転します。要するに東京の子供は意地悪だった。転校してきた昌子ちゃんを同級生はすんなり受け入れてはくれなかったのです。

昌子ちゃんの失われた小学校時代
東京の勉強のレベルは栃木とは大きく違っていた。地方と東京では、やはり東京のほうがレベルが高く、授業についていくのが大変。友達ができないどころか、みんなから「田舎から来た子」とバカにされるようになってしまう。

実はこのブログを書いている私はもともと東京っ子なのです(今は東京には住んでいませんが)。だから私には分かるのです。東京の子供にはたしかにそういう嫌なところがありました。

学校を休むわけにもいかず、しかしどうしても学校に行くのが嫌になり、やがて遅刻の常習犯となる昌子ちゃん。
栃木の時代には近所のおばさんから「まーちゃんはいいこだね」と言われていたが、東京ではそんな言葉をかけてくれる人もいない。

自分の居場所がなく、どうしようもない毎日。ストレスが限界を超えて髪の毛が抜け落ちてしまう・・・そんな時にも子供たちは残酷です。かばうなんてことはしてくれない。「つるっぱげー」とみんなから罵声をあびせられる。もう、どうしようもなくつらい日々です。

昌子1973_01



担任の先生から与えられた転機
孤立した日々をすごしていた昌子ちゃんですが、担任の鈴木先生が彼女に声をかけてくれる。結果的にはこれが昌子ちゃんの重大な転機となる一言になったのです。
「森田さん、みんなからいろいいろ言われて辛いでしょ? よくわかるわ。放課後、好きなだけ校庭を走ってごらん。気分転換になるかもしれないわよ」

先生の助言にしたがって、学校が終わると毎日校庭を10周してから帰ります。これがどういうわけか昌子ちゃんのストレス発散に見事に効果があったのです。走る事でストレスを発散できるようになった昌子ちゃんは、ほどなく髪の毛も生え始め、同級生から何を言われても気にならなくなる。そして性格も明るくなり友達も出来始めるようになった・・・

すこしづつ成功体験を積むことによって、自信がつきはじめた昌子ちゃんの学校生活は、確実に良い方向に向かい始めていました。

中学校へ進学してクラブ活動も始め、新しい友達もたくさんできた。昌子ちゃんの心の中は希望で満ち溢れていました。
「小学校時代を取り返すんだ!」 この思いとともに、昌子ちゃんは毎日嬉々として学校に通えるようになっていました。失われた小学校時代は、やはり昌子ちゃんにとって重い体験だったのでしょう。「失われた小学校時代を取り戻したい」 彼女が学校生活に強くこだわったのはこのような事情があったのです。

学校生活へのこだわりとスター誕生への出場
そんな昌子ちゃんには、もう歌は必要の無いものになっていました。それがどういうわけかスター誕生のオーディションに出演することになってしまいます。母方の叔母さんが「スター誕生」の予選に出場することを彼女に勧め、なかば強引にオーディションを受けさせてしまうのです。

昌子ちゃんは幼い頃、ひどく内気な女の子だったそうです。その引っ込み思案な性格をなんとかしてあげたい、と思ったのが、叔母さんが、昌子ちゃんにオーディションを受ける事を勧めた理由だったそうなのですが・・・・。 以下、次回へ続きます。

次回は昌子ちゃんの内気な少女時代と歌のルーツを綴った、栃木県の時代について書こうと思います。


ところで、今日、フジテレビの番組中で森昌子さんの父上と母上の写真が使われていました。私は昌子ちゃんのご両親の写真を初めて見ました。

しかし、昌子ちゃんが上手く歌えないと、お父様が、ちゃぶ台をひっくり返すような勢いで怒ることがあったなんていうエピソードが紹介されていました。これは本にも書いていなかった。 こういうところが負担になっていたという部分もあったのでしょうか。

ただし再現映像ではちゃぶ台をひっくり返していたけど、昌子ちゃんは「父は、ちゃぶ台をひっくり返した」とは言っていなかった。ちょっと過剰演出ぎみのようでした。

ただ子供に歌を教えるというには、厳しすぎるところはあったのかもしれません。昌子ちゃんにはそれが負担だったのかもしれない。

私は、正直なところ、昌子ちゃんが歌を好きになれない理由が、いまひとつ理解できない気持ちでいたのですが、幼い頃にあまりにも厳しくしすぎたということがあったとしたら、それはあり得る話かもしれないなあ、と思いました。私の父も子供には理解不能な些細な理由で怒り出す、ちょっと常軌を逸した所のある乱暴な親でしたから。
※これはあくまでも私の父親の話であって、昌子ちゃんのお父様がそうだという意味ではありません。

では、続きは次回に。



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外部関連リンク
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森昌子公式ホームページ
http://morimasako.jp/

森昌子ファンサイト「思い出そして未来へ」
http://reidiary.hp.infoseek.co.jp/

「ひぐらしの鳴くとき」
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