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興福寺千体仏の解説

興福寺千体仏は、古美術、仏教美術愛好家の憧れの仏像ですが、詳しく解説されている本やサイトを見た事がありません。そこでWikipedia風に辞典的解説を作ってみました。

概説
興福寺千体仏は興福寺千体観音とも呼ばれ、仏教美術を愛好する古美術コレクターたちのあいだで珍重される、小ぶりの木彫の仏像である。
像高(台座を含めない、仏像自身の高さ)は40センチ以下で、37センチから38センチ程度のものが多い。
制作年代は平安時代と推定される。
ただし作風は個々の像によって異なり、平安初期から平安末ころまでに流行した、様々な作風のものが見られる。そのため一度に作られたものではなく、長い時間をかけて作られたと考えられている。
また、顔の造作も個々に異なり、様々な仏師によって作成されたと考えられる。

興福寺千体仏の作例
興福寺千体仏01 興福寺千体仏02
興福寺千体仏03    興福寺千体仏03

製作の経緯と千体仏の種類 区切り仏
興福寺千体仏は、他の千体仏と同様に「作善思想」から作られたものと考えられている。
「作善思想」とは、仏像や仏画をたくさん作ることが善いことであり、これを「作善」と呼び、この「作善」を積むことによって極楽往生できるという考えである。

しかし興福寺千体仏は、その作風に、平安初期の形式のものと平安後期のものが見られるため、一時期に一度に作られたものではないと考えられている。

一説によれば、興福寺千体仏は、僧が修行した際に一定の目標に達したのを記念して、その度に奉納されたものではないかという説がある。したがって、この説によれば、興福寺千体仏は千体仏とはいうものの、千体あるのか、あるいはそれ以下なのか、それ以上の数が作られたのかわからない事になる。

また、あまり知られていない事実として、興福寺千体仏は100体作られるたびに、それを区切りとして、普通の千体仏より大きな仏像が作られた。これを「区切り仏」と言う。

「区切り仏」として作られた興福寺千体仏の高さは約1メートルほどである。


伝来と民間への流出
興福寺に伝わったものだが、明治以降に民間に流出した。
興福寺伝来であるにもかかわらず、興福寺の国宝館では見ることはできない。
美術館で展示しているのは、藤田美術館、ミホミュージアムが有名である。
興福寺千体仏は民間所蔵のものが多い。

現存数
現在、興福寺には、ほとんど残っていないか、あるいは全く残っていないとも言われる。
興福寺での、もともとの残存数も明らかでない。
民間への流出の数も、はっきりせず、どのくらいの現存数があるのか全くわからない。

藤田美術館での解説によれば、
「奈良興福寺にあったもののうち約60体が明治時代に売却され、藤田美術館はうち50体を収蔵している。」とされる。
しかし、これが本当なら、骨董商やそれ以外の民間には、10体しか残っていないことになり、この60体の流出説については、信憑性が疑われる。

流出の数について、諸説を下に列記する。

「興福寺が寺の維持費を作るため、77体の破損仏その他を売り出した際、益田鈍翁(益田孝)が一括して3万5千円で購入した」(大茶人益田鈍翁)。

「鈍翁没後に益田家の道具の整理をした骨董商 瀬津吉平氏の証言によれば千体仏は・・・箱に入っていて「興福寺千体仏六十体ノ内」と書かれていたという。箱書き通り益田家には六十体の千体仏が残っていたという」(柳孝 骨董一代)

「77体の仏像の流出とはまた別の機会に興福寺から益田鈍翁に百体以上の千体仏が渡ったと考える方がよさそうである。」(柳孝 骨董一代)

「さらに世に伝わっている興福寺千体仏の中には、鈍翁以外にも流出したものが多数あるようである。」(柳孝 骨董一代)

「興福寺千体仏は明治時代に、藤田伝三郎に50体、原富太郎に50体、益田孝に60体売られた。この時にうられた千体仏は、美術院で修理したものが収められた。」(ある古美術商が伝聞として聞いた話を紹介したもの)

「興福寺五重塔が明治時代に京都の古美術商に売られ、塔を焼いて金具を売ろうという話になった時、近所に住む人から反対運動が起こった。(うちの父または祖父が)その運動で指導的な役割をしたので、お礼に、興福寺千体仏を一体貰った」(奈良 赤井南明堂 主人 赤井高禧氏の証言)

興福寺千体仏の保存状態
興福寺千体仏は、台座、両手、脚先は、ほとんどの物が後補である。
明治期に流出したものでは「美術院」が修理した。
現在、台座、両手、足先が残っているものは、まず美術院の修理したものと考えたほうが良い。

興福寺千体仏は明治期には、丸太の束のように紐で結ばれて保管されていた。数十体ずつまとめられて薪のように保存されていたのである。
このことからも両手については、製作当時のものが残っているとは考えにくい。

通常、両手なし、足先なし、台座なしのものが多い (瀬津由紀子 散華の花びら より)
うぶな興福寺千体仏01 うぶな興福寺千体仏02


また、興福寺千体仏は実際に薪としても使われた。
興福寺千体仏をマキにして風呂を沸かしたのである。
そのお湯は、仏さまで沸かしたお湯なので、ご利益があるとされ、興福寺の近所の人や知り合いを誘って風呂に入れたそうである。
薪として使われたのであるから、おそらく台座などは、まっ先に燃やされたであろう。
このことからも台座についても製作当初のものが残っているとは考えにくい。

台座の例その1
興福寺千体仏台座01

台座の例その2
興福寺千体仏台座02

後補部分については、近年に後補したものもあるので、全てが美術院で修理したものというわけではない。

修理のされかた
これは保存状態とも、かかわってくる。
先述したように、興福寺千体仏は、薪のように保管されていた。つまり仏像としては、横に寝かせた状態で保管されていた。
伝聞によれば、保管場所は、雨もりのする状態であったそうだ。
そのため、うつぶせで水につかったものは前面が朽ちている。
仰向けになったものは後ろが朽ちている。
そのため、前面全体を後補としたり、後面全体を後補としたものもある。

この像は 両手、持物、天衣まで丁寧に作られている
興福寺千体仏修理例01

興福寺千体仏の一般的な取引価格
一般の客には通常、300万円から500万円で売られる事が多い。
業者間での取引価格は、その時の事情によるとしか言いようが無いが、古美術以外の一般の商品の価格から考えて、売値の50パーセント程度であろうと思われる。

ただし、売値、買値はケース・バイ・ケースとしか言いようが無く、もっと安い価格、100万円から150万円程度で売られることもあるし、1000万円以上の高い価格で売られる事もある。
その時に勘案されるのは、顔の作り、全体の作行き、保存状態の良し悪し、直し(修理・後補)の丁寧さ、など。一般コレクターへの販売価格は、仕入れ値も影響してくる。

ウブを尊ぶという問題と価格について
興福寺千体仏は、先述したように、後補されたものが当たり前という仏像であるから、正確な意味でのウブな品は、まず無い。したがって単に「直し(修理)がある」というだけでは「ウブを尊ぶ仏教美術好きにとっては物の価値を半減させる行為である」(柳孝 骨董一代 著者:青柳恵介:新潮社)とだけ言ってしまうのは、一般の古美術愛好家を混乱させるだけではなかろうか。

肝心なのは「ウブ」という事よりも、やってはいけない修理をしている場合であろう。たとえば、もともとの仏像の顔を彫りなおしてしまう、とか、あるいは、ボロボロに摩滅あるいは虫食いのひどい仏像を、原型をとどめないほど修理した品であるにもかかわらず、ウブ品と同じ価格で売るような場合であろう。

ただ、骨董品の価格の奇妙な点は、その「直し」がいつ行われたかも影響するようだ。明治時代や太平洋戦争前におこなわれた古い修理で、戦前の富裕階級のコレクターの所蔵品であったものは、修理があるものでも、価格に影響しないようだ、つまり300万円から500万円で売られる事が多い。

逆に、興福寺千体仏の頭体幹部のみの状態のものを安く仕入れ、新しく台座を作った場合の興福寺千体仏の売値は100万円から150万円である場合もある。

興福寺千体仏にもいろいろな作行きのものがある
興福寺千体仏作行01 興福寺千体仏作行02


古美術商との付き合い方
上述したように、興福寺千体仏は、もともと保存状態が良くなく、修理されたものがほとんどであり、修理がないものなど無い、といっても過言ではない仏像である。
時々、興福寺千体仏の相場価格300万円から500万円で売られるのを指して、
「それは直しがありますね。直しのないものなら本当は1000万円以上するものです。」と言う骨董商が居るのであるが、それは「はったり」であり、自ら仏教美術の素人であると暴露しているようなものである。
そのような古美術商の言葉を真に受けないように注意する必要がある。

サイト内 関連記事:
http://hanakaikou.blog68.fc2.com/?q=%CA%A9%C1%FC

参考図書
     


リンク
藤田美術館(興福寺千体仏)
http://www.city.okayama.jp/museum/fujita/kofukuji-sentaibutu.htm
藤田美術館トップページ
http://www.city.okayama.jp/museum/fujita/index.html
MIHO MUSEUM(興福寺千体仏)
http://www.miho.or.jp/booth/html/artcon/00001708.htm
MIHO MUSEUMトップページ
http://www.miho.or.jp/index.html
奈良 興福寺
http://www.kohfukuji.com/
財団法人美術院国宝修理所
http://www.bijyutsuin.or.jp/index.html


は~、たいへんな情報量になってしまった。
書いてはみたものの文章が拙いところもたくさんある。
個別に説明が必要な用語もある。
引用やリンク先も充実させなければ。

このページは、すこしずつ改訂していこう。

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ジャンル : 学問・文化・芸術

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